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18日朝、救助要請があり、午前自宅待機、12時に坊平より捜索に出動。刈田リフトから馬の背へ、(上山班は5名)熊野〜中丸〜坊平を捜索、3時半に戻る。まだ発見されず。天候は、馬の背から熊野がガスで視界が20〜30m、風速25m前後、熊野から中丸の途中で風が当たらなくなり視界も50〜100m中丸山頂を過ぎた所から土砂降の雨。
夕方、蔵王温泉体育館で捜査報告と、次の日の打ち合わせ。
19日、6時半、坊平出動。(上山班、左又沢を捜索)
7時、中洲から左又沢へ入る、7時半砂防堰堤着、屏風滝手前まで捜索して戻る途中(砂防堰堤ノ下150m)ヘリで救助、生存の連絡が入り、皆喜ぶ。10時半、お釜を見ながらひと休みして戻る
今回の遭難について、結果的にヘリで自然園より救助され良かったのですが、なぜ自然園に迷いこんだのかの方が問題だと思います。遭難の連絡を受けて何処なのか皆で話し合い、夕方、温泉で打ち合わせの時も話し合い、出てくる場所は同じで自然園でした。
皆から出る意見は、道標の立ち方、標識の立ち方が迷いやすい、皆思っている事は同じようです。
早く関係機関に対処してもらいたい物です。 邦充
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